転落人生の始まり!?でも当時は気がつかなかった ㉒

職場の事(~2016)

年が明けた2015年、通常業務に戻った私は「問題の管理職4名ら」と日々関わるうちに、体に異変を感じるようになりました。

思考が大幅に鈍くなり、考えがまとまらない・・・何も考えられない!

話そうとしても言葉がスムーズに出てこない・・・。

そして何だか体がとてもだるい・・・。

私は毎朝の管理職ミーティングで、発言が出来なくなっていました。

この頃、私は課長でしたが現場を管理している者としては正しい姿ではありません。

すぐさま「彼ら」はそこを突く様になり始めます。

まるで「今までの鬱憤を晴らす」かのように・・・。


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ついに鬱発症!辛く長い日々の始まり!

おそらくこの頃から鬱が発症していたのだと思います。

勤務中でも何かを考えようとすると、瞬時に「頭の中が熱く沸騰するような感覚」そして「ジワ~っと痺れるような感覚」に襲われるのです。

その感覚に襲われると、何も考えられなくなり頭と胸が苦しくなります。酷い時には過呼吸の症状も併発しました。

私はその辛い症状がなるべく表れないように、「考える事」と「人と関わること」を出来るだけ止めてました。

傍から見れば、この頃の私は、どこかボーっとした人に見られたでしょう。

また帰宅後1人になると「鬱に苦しむ姿」を他人に見られる心配が減るので、ついつい考え事をしてしまい「感情の起伏」が激しくなります。

それは「上司への怒り」だったり「一生懸命頑張ってきたのに上手くいかない悲しみと絶望」。

そして、その理由は全て自分自身にあると、幼少の過去にまでさかのぼり自分を責めて反省・・・。

何時しか自己否定…そして存在する意味を見失っていきます。

そういう状況になっても私の心情は、「このことは周りの人には気づかれたくない!」「鬱だと、異常だと思われたくない!」と、今まで通り普通に皆に接しようとする。

明らかに無理してるのが見え見えなのに・・・。

この様な心情が心療内科に行くのが遅れた原因となりました。

そんな辛い中で、私はこう考えて勤務を続けていました。

「いままで長く耐えてきたんだから・・・もう10年も経てば彼らも定年で居なくなる・・・それまであともう少し!頑張ろう・・・」と。


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組織の変化。

M工場長が辞職→新工場長に「問題の管理職」の1人が!

そうして1年が過ぎ、2016年の年明けとなりました。

3月、渡米の際に大変良くしてくださった取締役「M工場長」70代半ばが辞職され、そして新工場長に「S室長」が就任することになります。

この新工場長、頭は良いのですが「嘘つき」「卑怯者」という言葉が似合う男で、会話の節々にそれが見て取れます。過去に私の実績を自分の物にすることが度々ありました。

2016年の11月に私はこのY会社を退職することになりますが、その後アメリカに行ったのは私だ!と外部に言いふらしてしているそうです。

その外部の人は私の知り合いで筒抜けだとも知らずに・・・マヌケですね!

S!貸したDVD3枚、早く返せよ!!!

若手管理職&次期管理職候補が辞めていく…

  • 品質管理係長のIさん【2014年7月退社】数日徹夜で資料作りしましたね!よく愚痴をこぼし合いましたね!。
  • 営業・業務の課長代理のTさん【2016年3月退社】頭の良いTさんに助けられたこと、たくさんありました!まさか私より先に退社されるなんて驚きでした!未来の工場長と思っていたのに残念です!。

恐らく前工場長もビックリされたことでしょう。

仲間を失い・・・問題の管理職と鬱を相手に闘う日々。

2016年この頃、毎朝の管理職ミーティングで鬱状態の私は、問題の管理職4名から「サンドバッグ状態」となっていました。

フォローしてくれる味方は誰も居ません!叩かれ放題です!

頭がモヤモヤして言い返せない・・・やっと言い返せても方向を変えて無理難題をかぶせてきます。そこでの私に浴びせられる彼らの言葉には、憎しみが「これでもか!」というくらい感じられます。

自分たちがやってこなかった…出来なかった課題を、全て私一人の課題としてきます。

毎日毎朝、彼らは私を責め立てます…そんなに私が悪いのか…。

2016年5月、朝のミーティングに何とか耐えて、現場に入ると体がふらついている事に気づきました。そして呼吸が上手くできない!

そのまま近くにしゃがみ込み、呼吸を整えようとします。

この日のミーティングは、いつもより辛い内容でしたので、その影響だと直ぐに感じました。

「おまえの性格が悪いのは親が悪いからだ!」とか言ってたっけ・・・私を責めるだけのミーティングが1年近くも続いている・・・。いったい何の意味があるのか?

とにかく立ってられない…直ぐに体調不良で早退する。

そしてこの後、体調が回復せず会社を1週間休むことになる。

するとそれが、彼らの怒りをまた買うことになる!。

続きは、転落人生の始まり!?でも当時は気がつかなかった ㉓最終で書いていきます。

ついに長年、切磋琢磨して積み上げてきた技術、知識、経験、立場が40代半ばで崩れ去ることになります。この頃も地獄でしたが、その後に待っていたのも地獄でした。

あれから3年以上が過ぎた今、何とか再就職はしましたが「燃えカス」のような日々を過ごしている・・・。

そんな現在の私もかつては「情熱」とか「活力」というものに満ちていたんだということを忘れないために、人生の記録としてこの記事を書いています。

しかし当時の事を思い出すことで鬱が蘇ろうとします・・・胸が苦しく呼吸が乱れます。


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